アンティークプリント(西洋古版画)の歴史は、グーテンベルグが活字印刷技術を発明し本の出版が始まった時期とほぼ重なります。もちろんレンブラントやウィリアム・ブレイクなどが作ったファインアートと呼んで良い版画も作られましたが、アンティークプリントの多くの作品は、科学、技術、学問などの情報などを、文章と共に絵によって広く伝えるために作られたものです。 知識を伝えるための絵なので、時としてファインアート作品に宿る作家性やエゴイズムから解放された普遍性がこれらのアンティークプリントにはあります。また扱っている題材が原初的な自然科学、まだ人間の温もりを感じる科学や技術、現在では失われてしまった世界などを忠実に描いたものなので、古さよりは郷愁に近い人間的な優しい感覚を見るものに与えてくれます。実際、欧米のインテリアデザインの世界でアンティークプリントが優しい空間を演出するアートとして重用されているのは、このようなことが理由のひとつでしょう。 とは言え、何百年も前に作られた版画なので、たとえ学問的に真面目な作品だとしても、現代人の目から見たら驚くべき絵が沢山あります。 西洋人は分からないところがあっても空白にすることができないようです。分からないところは想像力で埋めてゆくのです。結果として奇想天外な作品が生まれることになりますが、実はここがアンティークプリント鑑賞の醍醐味でもあります。架空の動植物、未知の国の摩訶不思議な世界、伝聞が事実として受け入れられ、絵に描かれています。とにかく現代とはかけ離れた常識の下で暮らしていた人々が作った絵なので、究極のナイーフ絵画と言えるかもしれません。 しかし現代人が知らないものでも、かつて本当にあったものがアンティークプリントには描かれています。例えば野生植物などはかなりのものが絶滅していて、古い版画でしか確認できないものが沢山あります。動物もしかりです。都市も変容を続けており、ある時代の都市の有様は古い版画の中でしか見られません。民族衣装のように保存の難しいものが記録された版画の価値は計り知れません。現在の学問や知識が過去との繋がりの上に成り立っているのなら、アンティークプリントの持っている価値は単なる1枚の絵以上のものがあるのです。